安部譲二 死去の真相はこちら!元ヤクザ作家亡くなる【動画あり】

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自らの服役体験をユーモラスに描いたベストセラー小説「塀の中の懲りない面々」などで知られる作家の安部譲二(あべ・じょうじ、本名直也=なおや)さんが2日午前1時18分、急性肺炎ため、東京都内の自宅で死去しました。

82歳だったという。

葬儀・告別式は近親者のみで営まれた。

喪主は妻の美智子(みちこ)さん。

元暴力団員で日本航空の客室乗務員、キックボクシング解説者、用心棒など、異色の経歴を持つ作家として知られた。

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安部譲二 死去、概要

親族によると、安部さんは今年4月末から、都内の自宅で療養中だったという。

2015年に大腸がんが見つかり、切除手術を受けた。

昨年末には肺への転移が見つかり、直後の散歩中には転倒して右大腿骨、右手首を骨折。

体力が低下して入退院を繰り返した。

それでも体調は安定していたというが、肺炎により今月1日に容体が急変。

翌2日未明に帰らぬ人となった。

4年前の手術後は「半隠居」として、仕事を減らしていたという。

波瀾万丈の人生だった。

進学校として知られる東京・麻布中学時代から、当時渋谷で勢力を誇った暴力団「安藤組」に出入り。

16歳で正式組員となった。

44歳で足を洗うまで「前科14犯」を自称した。

1986年、49歳で自伝的小説「塀の中の懲りない面々」で作家デビュー。

東京・府中刑務所での4年間の実体験をユーモラスに描き、同作の題名は流行語大賞にも選ばれた。

このヒットをきっかけにテレビ番組にも多数出演。

独特の風貌とコメントで、お茶の間にも親しまれた。

憎めない人柄で幅広い人脈を築き、数々の逸話にあふれた異能の人でもあった。

麻布中時代の同級生は、故橋本龍太郎元首相。

入試の受験番号が1番違いで「1番頭が良さそう。カンニングするなら」と独特の嗅覚で感じ取ったといい、試験では橋本さんの後席を定位置としたという。

暴力団と関係があることが発覚して麻布高への進学はかなわず、父親の方針で英国に留学するが素行不良で退学となり、そのまま欧州を放浪。

帰国後も慶応高や須磨高(兵庫)など転校を重ね、結局、高校を卒業したのは22歳の時だったという。

23歳で日本航空の客室乗務員として勤務するが、客への暴力事件や当時前科3犯で執行猶予中であることなどが明るみとなり退社。

その後は作家デビューを果たすまで、キックボクシングの解説者、用心棒、競馬評論家など職業を転々とした。

橋本元首相のほか作家の三島由紀夫さん、元プロ野球選手の江夏豊さんら各界の著名人とも交流が深かった。

大のボクシングファンで、世界ヘビー級王者のマイク・タイソンさんが1988年に来日した際には少年院出身の王者と「塀の中で懲りなかった人たち」と題して対談した。

猫好きとしても知られ、年の始めには愛猫「ウニ」との写真を自身のホームページにアップするのが恒例だった。

今年1月にも、笑顔の写真とともに「今年も一匹と二人の一家をどうぞよろしくお願いします」とつづっていた。

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安部譲二 死去、プロフィール

「安部譲二」の画像検索結果
  • 名前 安部譲二(あべ・じょうじ)
  • 本名 安部直也
  • 生年月日 1937年(昭12)5月17日、
  • 出身 東京都品川区
  • 1986年発表の「塀の中の懲りない面々」で作家デビュー。
  • 1986年はベストセラーとなり、1987年に俳優藤竜也主演で映画化
  • 「譲二」のペンネームは、日航乗務員時代の安部さんをモデルにした三島由紀夫の長編小説「複雑な彼」の主人公の名前から。
  • 日刊スポーツ紙上では、1990年12月から1991年5月まで自身初の競馬小説「ファンファーレは鏖(みなごろし)のブルース」を連載。
  • 著書に「塀の中のプレイ・ボール」「もう、猫なしでは生きていけない。」など
  • テレビ出演はテレビ東京系「安部譲二のあぶない夜」など多数
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安部譲二 死去、 生前の動画

第3回死刑廃止週間トーク:安部譲二さん
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安部譲二 死去、ネットの声

身分を隠せばヤクザでも日航のパーサーになれるなんて、ある意味すごい時代だったんだなと思いますね。緩かったというか。

麻布中学校だったんですね。
文系で偏差値高いので作家になったのに納得です。
麻布中から暴力団に入った人はいないんじゃないでしょうか。。

すごい人生。
エネルギーがすごくて、正と負のどちらにも働いている感じ。ぜひ追悼でドラマで生き様を見せて下さい。どこかのテレビ局。

自由な校風の麻布の中でも、とりわけ自由だった方でした。多くの人に愛されたのは、独特の愛嬌があったからでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

ヤンキー先生の義家議員が昔悪かった話をしているところに、安部先生が自分の話をし出したところ、安部先生は本物だからと止めれてた。
安部譲治先生の一番好きなエピソード。

昔テレビでよく拝見しました。ニコッと笑うと顔がクシャクシャっとなって可愛かった。嗄れた声でしたが愛嬌のある方でした。元とは言えヤグザじゃなかったら良かったのに…。頭も良く面白い方でした。残念。

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