巨大仏 ラスボス感!まるでドラクエの世界、日本の大仏画像

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あなたは全国に点在する、「巨大仏」を見たことがありますか?

鎌倉や、奈良の大仏のこと? 

いえいえ、もっと大きいんです!

100メートル級のものもあり、SNS上には、インパクトある写真が流通。

ラスボス感半端ない」などと、度々話題を呼んでいます。「天をつく仏様」は、いかにして現れたのか? 

歴史をひもとくと、平和への思いを起源に持ちながら、「色物」との批判に耐えてきた背景が見えてきました。

時代を映す「鏡」とも言うべき、その存在のルーツを調べます。

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巨大仏 ラスボス感、巨大仏とは?

「巨大仏」と聞いても、はっきりとイメージが出来ないという人がいるかもしれません。

SNS上にはしばしば、空に届きそうなほど、背の高い仏像の写真が出回ります。

代表的なのが、茨城県牛久市に立つ阿弥陀如来像「牛久大仏」です。東京・浅草にある東本願寺が、霊園「牛久浄園」のシンボルとして、1992年に完成させました。

凄まじいのは、その大きさです。

寺によると、台座を含め、高さは約120メートルにもなります。

米国・ニューヨークの「自由の女神」は、像だけで約40メートルなので、何と3倍ほど。95年には、世界一高い青銅製の立像として、ギネスブックにも登録されました。

仙台市郊外に立つ、コンクリート製の「仙台天道白衣大観音(仙台大観音)」も、ネット上で話題に昇る像の一つです。

管理する「大観密寺」によれば、同市政の施行100年を記念し、1991年に完成しました。高さは約100メートルで、真っ白な塗装が特徴的な観音像です。

周辺は丘陵地帯を切りひらいた住宅街で、坂道に囲まれています。ファンに人気なのは、民家の合間から、「ぬっ」と顔を出す構図です。

あまりの印象の強さに、「異世界ぶりが想像以上」「日常が特撮風味になる」などの感想が、引きも切りません。

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巨大仏 ラスボス感、平和のシンボル

果たして、巨大仏は「無用の長物」なのでしょうか?

昭和期以降に完成した11体の巨大仏のうち、10体が「観音像」であるらしい。

これは、「平和を象徴するモニュメントとなった」と言われています。

観音は「様々に姿を変えて人々を救う」と信じられ、色々な造形で表される仏様です。

特に近代以降、白いローブのような衣をまとう、女性的な「白衣(びゃくえ)観音」の像が流行しました。キリスト教の聖母・マリア像の影響も背景にあります。

実際、白衣観音像の巨大仏は、数多く造られてきました。

この「観音ブーム」の先駆けとなったのは、1936年完成の「高崎白衣大観音」(群馬県高崎市・41.8メートル)だそう。

高崎市には当時、旧陸軍の歩兵連隊が置かれていました。

過去の戦争では、多くの地元民が戦地に赴き、命を落としています。

こうした状況も踏まえ、地域の男性実業家が、観音像を発案。

亡くなった人々の冥福や、社会の安定を祈り造った、という経緯があるのです。

「もちろん、実業家が、自己顕示欲から提案した面もあるかもしれません。一方で、地域の人たちからは、『全国で一番美人な観音様』などの声が聞こえてきます。『平和のシンボル』として受け入れられているからこそ、と考えられるでしょう」

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巨大仏 ラスボス感、ツイッター

こちらが、ついったーで噂の巨大仏です。

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巨大仏 ラスボス感、ネットの声

金持ち個人や民間組織が勝手に建てて、劣化して危険になっても撤去費用がなかったり所有者不明になったりして、全国で問題になりつつあります。
景観破壊も何も考えてない迷惑なものです。

仙台は近所のお寺に引き取られたからまだ良かったが、一時期は淡路ばりに廃墟だったしね。結局、管理している側の良識と経済力が全て。一定の資金がコンスタントに入る宗教団体ならまだしも、私企業ではかなり難しい。

ラスボスというと、敵のイメージだから、加護の印象がある仏さんに使うのには微妙な例えだが、たしかにドラクエ3の「だいまじん」「うごく石像」のような強さは感じる。

が、ここまで巨大だと、常に近隣住民は否でも視界に入るし、日照権問題なども出てきそうだが。。

この手の巨大大仏はもはや、浄土真宗や華厳宗、曹洞宗などの正統な仏教の流れをくんでおらず、単に観光収益目的や、個人の欲望の具現象徴みたいなモノに変貌してしまうだろうから、その点では微妙でもあるな。。

俺は仏教に信仰という意味ではなく、知的好奇心で興味があるが、牛久には実際に入ってみた。

あの大仏は、中のスペースを買って仏像を模した位牌が置けるようになっている。
要するに墓代わりだ。

入る前は軽蔑もしていたが、まあ、巨大な偶像を作ってそこにすがるというのも、死後に不安を持つ人たちの拠り所としてはアリかなと思った。

ひとつ、大仏は観光のためではないので展望できる場所がないと説明を受けたことも好感が持てた。

作れば観光客は喜ぶし、作ろうと思えばいくらでも作れそうだったが。

実際に行くと、安易に批判だけはできない熱は確かに感じる。

自分はここに葬られるのは嫌だけど。

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