小川直也 地獄の銀 真実が意外【動画】今でも五輪と対峙してる?

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スポーツ

プロレス、総合格闘技のリングで活躍し人気を博した「暴走王」小川直也さん。1992年のバルセロナ五輪に日本柔道の重量級エースとして「金確実」の期待を背負って出場したが、決勝の後に残したのはその言葉と銀メダルだけだった!

最後と決めた4年後のアトランタ五輪は5位。

世界選手権優勝4回、全日本選手権は5連覇を含む優勝7回と輝かしい実績を残した一方、五輪の金メダルがないまま柔道界を去った。

その小川さんが今、指導者として柔道界に復帰しています。

彼にとって五輪とは何だったのか?

なぜ柔道界を一度去ったのか?

いま五輪に何を想う?

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小川直也 地獄の銀 真実、なぜ負けたのか?今でも理由がわからない

――1992年当時、小川さんは日本重量級の絶対的エースでした。五輪の重圧は感じていましたか?

「戦争に行くみたいで『負けたら帰りの切符はないぞ!』という雰囲気でした。でも、それほど気負っていたわけでもなかった。普通にやっていれば勝てると思っていましたから。『勝ってやろう』ではなく、自ずと結果はついてくるという感じでした」

――金メダル確実と期待されたバルセロナ五輪は、準決勝で強敵ダビド・ドゥイエ(フランス)を破り危なげなく決勝に勝ち上がりました。

しかし、決勝でダビド・ハハレイシビリさんにまさかの一本負けを喫しました。

いまでも、わからないんです。何であの時だけ、負けたのか。試合が終わって、ぼう然としました。対戦したハハレイシビリは決して苦手な相手ではなかった。翌年の世界選手権でも投げて勝っている相手なので。負けてしまったものは『しょうがない』と思うしかなかったですね」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、世界2位でも地獄の会見

――柔道の最重量級で日本が金メダルを逃したのは、1972年のミュンヘン五輪以来、実に20年ぶりのことでした。

そんなこともあって当時の報道は、かなり辛辣だったそうです。

斉藤仁さん(当時全日本コーチ)も「世界2位だが、われわれには地獄」とコメントしていました。

「失敗した者に対しては厳しかった。でも、自分の中では納得できないこともありました。それは、柔道はプロではなかったのに、五輪になるとプロのような感覚で扱われていたことです。柔道はアマチュアで、プロ野球などのプロスポーツとは違うじゃないですか。プロ選手ならば、それでメシを食って生計を立てています。だから負けた時には、ファンから非難の声を浴びても仕方がないと思うんですよ。ぼくは当時、JRA(日本中央競馬会)でサラリーマンをやりながらアマチュアとして柔道をやっていたんです。負けたとはいえ、そこまで非難されるほど悪いことをしたのかなぁ、と。『それは違うだろ』という気持ちはありました」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、動画

こちらは、当時の小川さんの試合の特集動画です。

JUDO 1995 World Championships: Naoya Ogawa 小川 直也 (JPN) – Frank Moeller (GER)
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小川直也 地獄の銀 真実、アントニオ猪木がプロレスのきっかけ!

――アトランタ五輪から帰国後、現役引退を表明されました。

その後、プロレス、総合格闘技のリングに上がることになります。

プロレスはまったく頭になかったですね。アトランタが終わって『柔道をやめようかな。仕事に専念しようかな。でも柔道やりたいのになあ』と悩んでいた時に、(アントニオ)猪木さんから誘われました。その時に聞いたんですけど、猪木さんは1988年の時点で目をつけてくれていたようです。当時大学3年生で、この年の12月にグルジア(現ジョージア)のトビリシで開かれた世界学生選手権に出場したんですが、その会場で猪木さんから激励を受けました。その頃、新日本プロレスの副社長だった坂口征二さんに、猪木さんが『小川に声をかけられないか』と話したそうです。坂口さんは明治大学柔道部の先輩。『五輪がありますから、それはちょっと待ってください!』となったみたいで」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、決心させた妻の一言!

――プロレス転向を決めたのは引退会見の前ですか?

「そうです。猪木さんから話をもらって、また明治大学柔道部の監督をやることも決まっていましたし、いろいろと考えていました。そんな時にカミさんに言われたんですよ。『人生は一度しかないから。40歳になった時に、やっぱりプロに行っておけばよかったなって悔いを残さないで』って。ちょうど雄勢(長男)が生まれた直後で、本来なら『そんな危ない、安定しない道を選ばないで』って言われそうなものですが、ぼくの性格を知っているからでしょうね。『悔いを残さないで』って。その言葉は大きかったですよ」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、柔道界復帰の理由!

――2018年にプロのリングを下りてから、1年以上経ちました。

いまは柔道界に復帰しています。

子ども(長男の雄勢さん)が、柔道をやりたいと言わなければ、絶対に戻らなかったですね。この小川道場もないです。どうせやるなら、中途半端な柔道を教えるよりは、ぼくの理想とすることを教えたかったので、住んでいた普通の一軒家を潰して、道場に建て替えました」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、五輪への思いは?

――小川さんにとってのオリンピックとは?

「今回、(延期前の)東京五輪を目指していた雄勢が代表に選ばれなかったのは、かなりショックでした。ぼくは出るのが当たり前だったので、子どもを通して、出られないさびしさ、悔しさを体験させられました。ですが、雄勢には、オリンピックにまたトライしてほしい。そういう意味では、ぼくはいまでもオリンピックと常に対峙しているのかなと思います」

【 Yahoo!ニュースより引用】

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小川直也 地獄の銀 真実、終わりに

小川さん、今回は熱く語ってくれていますね!

「いまでも、わからないんです。何であの時だけ、負けたのか。」というコメントが印象的です。

また、アントニオ猪木さんとの出会いがプロレスへの道を開き。

柔道界復帰は息子さんが理由だったんですね!

小川さんは、今でも五輪と対峙しているんですね!

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